第2回<キリストの顔> 北フランス、14世紀(ブリヂストン美術館)

(a1)写真をクリックして下さい。
キリスト像を制作するということは、彫刻家にとって、まさに人生観・世界観を問われる試金石です。たんに、伝統的な様式にのっとって、少し自分の個性を付け加えるといったことではすみません。自分の魂のあり方が、質そのものが、現われてこざるをえません。
この<キリストの顔>については、多言は不要かもしれません。時代や宗教を超えて、人類の最高傑作の一つではないでしょうか。各人それぞれが、思うところにしたがって、作品に見入る、あるいは対話するしかありません。
(b1)
この作品は、見る角度の少しの違いによって、表情がじつに微妙に変わっていきます。しかも造形的なバランスがよく、表立ってはいないものの、最高のテクニックによって制作されています。石彫などに比べての木彫の柔軟さが、いきています。
(写真撮影では、ガラスケースの反射を避けることができませんでした。)
(c1)
14世紀に北フランスで作られたということですが、いかなるアーティザン(職人・親方)の手によったのでしょうか。60才近くで、頑固だが信望もある...?
先ほど「対話するしかない」などと書きましたが、極楽トンボで反省に乏しい私などは、じつはこうしたことが苦手です。如何ともし難いものがあります。
【ブリヂストン美術館】
説明は、第1回の当欄をご覧ください。また、美術館の御厚意により、写真
の掲載許可をいただいています。
〒104 東京都中央区京橋
1-10-1, Tel: 03-3563-0241 戻る
写真の可能性

芸術性においては絵画に太刀打ちできず、報道面では今やビデオカメラの臨場感にかなわない――これが残念ながら現在の写真の位置でしょう。その上、メモするための使用では、今までの写真(いわゆる銀塩フィルム)は、デジタルカメラの便利さがありません。
しかし、写真は、対象をリアルに再現します。プリントに大きく伸ばすのもいいのですが、一番の醍醐味は、スライド映写したときの実在感です。私は150
cm×150 cmのスクリーン(90cmではまだ不十分)に投射したものを2mくらいの所から見ていますが、対象が置かれている空間そのものが再現されるといいますか、現出します。これこそオーディオ趣味とも共通の、再現芸術の妙味といえましょう。
もちろん自分の部屋にそのような別空間を現出させるためには、撮影条件、機材の選択などに注意がいります。現実の世界に一つのミラクルを起こそうというのですから、こうした労はやむをえません。ときにはご家族からの冷たい視線が、あるやもしれません。あまりにも心の動揺が激しいときは、「俗たるよりは、僻たれ」と三度つぶやきましょう。艱難辛苦を乗り越えた後には、珠玉の作品を自宅でくつろいで、気に入った角度からながめる喜びが待っています。鑑賞が深まると同時に、それは新しい発見かもしれません。
絵画作品は、現在のものを除いて、ほぼ評価が定まっています。展示されておりながら、正当な評価を受けていない傑作というのは、おそらく皆無でしょう。浮世絵を例にとると、あまたの絵師のなかで春信、歌麿、写楽、北斎、広重の5人がよく知られており、評価も最高です(広重については異論があるかもしれません)。5人の中で誰をよりすばらしいとするかは、各人の好みや価値観の問題になってきます。春信と歌麿についていえば、私は春信ですが、表現力の大きさやテクニックの多彩さという点では、また国宝にどれだけなっているかということでは、明らかに歌麿です。しかし、これは芸術的価値とは、直接関係ありません。
愛好する春信の代表作は、「猿曳き」と「雪中相合傘」だと私はひそかに思っていたのですが、しかし何のことはない、もともと世評がそうだったのです。だから私も、画集でその2つによくお目にかかって、心引かれたわけです。
ところが彫刻作品では、もしかすると発見が、と期待できそうな予感がします。管見の範囲で具体例をだしますと、大英博物館などのバプオン様式の石彫、メトロポリタン美術館の<踊る天女>などです。なるほど、これらの作品のすばらしさがプロの間で認められていることは、各美術館でいい場所を占めていることからも明らかです。また、私たち素人の愛好家にも、よさはすぐ分かります――
数年前<踊る天女 dancing
celestial>を初めて見たとき、celestialの意味としては「天上の」くらいしか思い浮かばなかったので、横にいた警備のアフリカ系婦人に聞きました。すると異国の旅行者に説明するのがわずらわしかったのか、あるいは本当だったのか、「知りません。でも、とても美しいわね!」
との返事でした。また、ロックフェラー3世夫妻の集めたアジアの彫刻展が東京であったおり、見学者の一人が、バプオン様式の石彫を熱心にスケッチしていました。
しかしながら、問題は、そうした作品がどれくらい良いかが、まだ不分明のように思えることです。実際、大英博物館やメトロポリタン美術館を扱った多くの美術書では、上記の作品が紹介されていません。その上、評価が定まっている作品、たとえばルーブルの<ニケア像><ミロのビーナス>なども、その魅力がどれほど的確に、一般に受けとめられているか、疑問が残ります。中学校の美術の教科書から高価な美術書まで、さまざまな本がそれらの写真を載せています。まあ、どの角度から見てもさまになることは確かですが、最高の評価を与えられているゆえんのものが写されていないようです。
そこで、対象の再現によって私たちが新しい発見をするための道具として、写真を利用しようというわけです。次回からは、具体的な方法に入っていきましょう。
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