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さ 行 <参詣(けい)所 Station> v. 12. ● 意味 巡礼の旅人が立ち止まって、祈るべき場所のことです。一応、「参詣所」と訳しました。我が国でいえば、四国八十八ヶ所の「霊場」」のようなものでしょうか。三修社『現代和独辞典』(2000 年)で Shikoku を引きますと、「四国八十八ヶ所」を 88 Heilige Stationen in Shikoku と訳してたりします。 Station を、「駅」とか「宿駅」と訳出しますと、魂が、東海道五十三次のようなものを「遍歴」することになってしまったり、センチメンタルな心の旅路風で、ちょっと悲しいものがあります。(ちなみに、「次」は「宿(やど)り」を意味し、「旅次(りょじ)」という言葉もあります)。 ● 使用例 Stationen(Station の複数形)は、ヘーゲル『精神の現象学』(1807 年)の「緒論(Einleitung)」に登場する用語として、有名です。また注目すべきことに、フィヒテ『幸いなる生への導き』(1806 年)の「内容要約(Inhaltsanzeige)・第 3 講義」にも現れています。 フィヒテもヘーゲルも神学部出身ですので、下記の「語の由来」は当然知っていたはずです。 以下の説明は、グリム『ドイツ語辞典』からの抜粋です。(^^; ● 語の由来 Station は、まず、そして通例、道程途上においての短期間の停止と、停止する場所を表す。このような意味は、最初は教会用語だったのであり、中世ラテン語の statio に基づいている。 Stationen [Station の複数形] は、まず、 14 の特別にしるし付けられた場所をいう。聖書や伝説によれば、これらの場所でイエスはゴルゴダへの受難の道の途上、停止されたといわれる。そこで、聖地への巡礼者も、またこれらの場所で停止し、祈とうを行ったのである。 その後、この 14 の場所を模したものが、教会の中や野外に作られた(注1)。こうしたことは、最初フランシスコ(フランチェスコ)修道会(教団)において、広まった。そこでは、14 の場所が、木の十字架(すなわち、Stationskreuz)とキリスト十字架像(すなわち、Stationsbild)、そして礼拝堂によって示された。これらは、巡礼行列(Prozessionen)の停止場所となったのである。 この後、Station という表現はさらに、この行列と、停止場所で行われる祈とうにも適用されることになった。この意味は、中低ドイツ語(mnd.)にはある。しかし、この意味は高地ドイツ語においても、15 世紀にはすでに現れており、したがって、近代においてもある。(以下省略) ------------------------------- (注1) こういった事情は、洋の東西・古今を問わないようで、四国 八十八ヶ所を模したものは、多くの施設や狭い場所に作られています。それ自体は、一概に否定できないのでしょう。しかし、特に体が悪いというわけでもないのに、遍路をどこかの模した一カ所ですませ、ご利益だけは同じものを得ようという不心得者が、やはりいるのですね。 (初出:2012-1-15) <三項図式>(認識論においての) v. 1.3. ・三項図式とは? ・三項それぞれの特徴 ・ヘーゲルからの批判 ------------------------------ ● 三項図式とは? 三項図式というのは、近代認識論が、<対象自体-表象内容-認識する主観(意識作用)>という 3 つの項目から成立していることを、表す用語です。 例えば、私たちが目の前の木を観察しているとします。するとそこには、<木そのもの(対象自体)-木の像(表象内容)-私(認識する主観)>の 3 項があります。 この三項図式は、新カント学派で提起されましたが、私たちの間に広く知られるようになったのは、廣松渉(1933-1994)によります。彼は超克すべき近代認識論を、「主観-客観」図式(主-客図式)として捉えました。その一部を形成しているのが、この三項図式です(注1)。 近代の(現代も!)さまざまな認識論は、この三項図式を下敷きにして考えると、非常に分かりやすくなります。なかには、どれかの項を削除した認識論もありますが、その場合でも、廣松渉の指摘するように、この図式の構図そのものは、前提としている場合がほとんどです。 ● 三項それぞれの特徴 ・対象自体: カントの物自体が典型であるように、対象自体を認識することはできません。けれども、対象自体が存在することは、カントも、実在論者も、そして世間の常識も、前提にしています。 ・表象内容(意識の内容、現象): 私たちが直接、与件として認識できるものは、対象の像であるところの表象内容のみです。これは、対象自体が認識主観に対し、何らかの仕方で影響を与えることによって、各個人の意識の内に生じます。したがって、人が他人のもつ表象内容を直接知ることは、原理的に不可能です。 また、表象内容の「少なくとも一部に関しては、認識主観の能動的な作用が及び、加工・変容がおこなわれうるものと想定」(注2)されています。 ・認識する主観(意識作用): この主観そのものがどのようなものかは、客観の側の対象自体と同じく、認識することはできません。私たちは、この主観の現象を、例えば自意識として、知りえるだけです。 またこの主観は、「究極的には意識作用として、つねに各個人の人称的な意識、各自的な私の意識だと了解される。(或る種の学派では超人称的・超個人的な認識「論」的主観が立てられるとはいえ、その場合でも、現実的諸個人の意識は人称的であるとされる)」のです。(注3) そこで各個人の認識主観は、独自の存在となり、主観どうしは互いに相手が宇宙人であるかのように相対せざるをえなくなります。しかしながら、各「主観は本源的に『同型的』であると看做」されている(注4)ことによって、私たち相互の間でのコミュニケーションが、可能となります。(けれども、目の前の「人」が、本当に人間なのか、あるいは精巧なロボットにすぎないのか、原理的には決定できません)。 なお、私たちが注意すべきは、三項の存在性質はまったく異なるものですから、複数項にわたって存在する事物や規定性は、ありえないことです。 ● ヘーゲルからの批判 廣松渉は、ヘーゲルの『精神の現象学』の「緒文(Einleitung)を引用して: 「現実的に認識している学 [Wissenschaft, 学問, 哲学] に対する不信」があるが、こうした不信の方こそ「多くのことを、真理として前提」している。「つまり・・・われわれ自身とそういう認識との区別を前提している。特に挙げておきたいのは、一方の側に絶対者が立っており、そして他方の側に認識がそれ自身で<独立に>絶対者から分離して立っていて、しかもこの認識はそういう在り方をしているにもかかわらず或る実在的なものであるということ・・・こういう前提が立てられている」。(注5) そして氏によれば: 「<自体的存在>としての絶対者と<表象>としての認識、これらを分断し、更には・・・この<認識>と<われわれ自身>とを区別する・・・前提的発想というのは、当世風に言えば『対象自体-表象内容-意識作用』という三項図式に帰趨します。ヘーゲルは、この "三項図式" が不当前提であることをいちはやく洞見し、まさにこの "前提" こそが真っ先に問い返さる当のものだと言うのです」。(注6) 確かに氏の指摘の通りですが、私見では、フィヒテ以来のドイツ観念論は世界の外化・帰一というメタ化の論理をとるので、三項図式の認識論は実質的に棄却されています。ただ、フィヒテはカント哲学を基礎づけるという姿勢でしたので、彼には棄却というまでの強い意識はなかったのかもしれません。 ------------------------------- (注1) 例えば、廣松渉『世界の共同主観的存在構造』の「序章」を参照。(戻る) (注2) 同書、7ページ(勁草書房、1972年)。(戻る) (注3) 同書、同ページ。(戻る) (注4) 同書、同ページ。(戻る) (注5) 「 」内のヘーゲルからの引用は、廣松渉『弁証法の論理』青土社、1980年、42-43 ページ。<独立に> は氏の挿入です。また地の文は筆者のものです。 (注6) 同書、43 ページ。 索引へ <自我 Ich>(フィヒテ的意味での) v. 1.4. フィヒテによれば、「自我には、実在性の絶対的な全体が、帰属」しています(注1)。そして、「絶対的に最初で、まったく無条件な、すべての知識の根本原理」は、「自我は自らを措定する」です(注2)。 しかし、どうしてそのような自我が存在するのか、また自我とはそもそも何なのか、といったことについては、勝義の哲学では(いわば真諦においては)、何も言えないのです。なぜなら、自我とその自己措定というのは最高の原理ですから、それが説明されたり、証明されるのであれば、それは「最高原理ではなくなってしまう」からです。つまり、説明したり証明するものの方が、自我とその自己措定より根源的になり、後者はかえって前者に「依存する」ことになってしまいます。一般的にいえば、「すべての証明は、まったく証明されえないものを前提にする」のですから、自我とその自己措定が証明されえないのも、当然です。 そこで、自我とその自己措定については、「概念把握したり、概念で伝えることはできず、ただ直接的に直観されるだけである。この直観を持たない人にとっては、『知識学』は根拠のない、たんに形式的なものにとどまるであろう」。(注3) この点に類比的なものとしては、数学の無定義要素があります。例えば「2点を通る直線は、一本だけである」という公理を構成する「点」「直線」などは、数学的には定義のしようがありません。そこで、これらの用語は定義なくして使用されます。とはいえ、初学者に対してまったくの説明抜きでは困りますので、日常語を用いて、「点とは位置のみを有して、大きさのないもの」などと言われます。 フィヒテも、「知識学への第1序論」(元々の表題は「知識学の新しい叙述の試み 第1章」、1797年)や「知識学の新しい叙述の試み」(1797年)などで、一般読者向けに前記の自我について、俗諦的説明を試みています。しかし、デカルトのコギト以来の近代的・個人的自我が通念としてありますので、そうしたものを引き合いに出さざるをえず、かえって、いわゆる「主観的」観念論であるとの誤解を招く結果となったようです。 また後年の宗教論においては、自我が生じて自己措定が起きるのは、「愛」によるとされます: 「愛は、それ自体としては死せる存在を、いわば2重の [zweimalig] 存在へと分かつ:この死せる存在を、自らの前に立てながら。そして愛はこのことによって、死せる存在を自我に、すなわち自己にするのである。この自我は自らを直観し、そして自らについて知る。この自我性のうちに、すべての生(Leben)の根源がある。愛は再び、分かたれた自我をもっとも緊密に統一し、結合する」。(注4) では「愛」とは何かといえば、それは「存在(Sein)の興起(Affekt, 情動――訳しづらいところです)」だとされます(注5)。また、「統一(Einheit、一元性)によっても、廃棄されずに永遠に存続する二元性(Zweiheit)のうちで、この統一はまさに生なのである」。(注6) こうして、デカルトからカントにいたる近代的自我が、統一的な一つのものであるのに対し、フィヒテの自我は、統一を保持しつつも二つのものに渡っています。つまり現代的に言えば、2項間の関係態として、自我が設定されたことになります。(そしてこのような発想は、シェリング、ヘーゲルもとっています)。 ちなみにフィヒテの「自我」に、カントにおいて対応するのは、物自体としての主観ではありません。措定する自我は、現象としては現れない点、自我は「主観-客観」だと言われている点(注7)などからしいて言えば、「物自体としての主観+物自体としての客観」になります。(したがって、フィヒテの「非我」は、客観的物体、あるいはシェリングでいえば「自然」などではないことになります)。 むしろフィヒテの「自我」は、スピノザの「実体」に近いと言えるでしょう。むろん、それはまさしく主体化されています。前記の引用文を使って表現すれば、「それ自体としては死せる存在」(実体)は、「興起」して「2重の存在」になるのです(主体化)。 ------------------------------- (注1) 『全知識学の基礎』(1794年)、岩波文庫(1995年)では、下巻168ページ。SW, Bd., I, S. 129. (注2) 同書、上巻101ページ。SW, Bd., I, S. 91. (注3) (注2)以降のここまでの引用は、『神の世界統治に対する、私たちの信仰の根拠について』(1798年)の原注から。SW, Bd., V, S. 181. (注4) 『幸いなる生への導き』(1806年)、第1講。SW, Bd. V, S. 402. (注5) 同書、「内容目次(Inhalts-Anzeige)」の第7講。SW, Bd. V, S. 578. (注6) 同書、第1講。SW, Bd. V, S. 402. (注7) 「これまでほとんど一般的に考えられてきたように、自我をたんに主観として考えてはならない。前述の意味において主観-客観として考えるべきである」。(『知識学の新しい叙述の試み』(1797年)、岩波文庫『全知識学の基礎』(1995年)所収では、上巻80ページ。SW, Bd., I, S. 529) 「自我は必然的に、主観と客観の同一態『主観-客観』である。そしてこのことは、なんら媒介されることなくして端的にそうなのである」。(『全知識学の基礎』(C版の注、1802年)、岩波文庫(1995年)では、上巻114ページ。SW, Bd., I, S. 98) (初出:2008-3-8) <実体は主体である> v. 1.3. ヘーゲル哲学の特徴を端的に表すものとして、よく引用される表現ですが、また多くの場合、誤解もされているようです。 ----------------- ● 出典 ● 意味 ● 評価 ● さまざまな誤解 ----------------- ● 出典 『精神の現象学(Phänomenologie des Geistes)』の「序文(Vorrede)」の一節で、正確に引用すれば: 「私の認識するところでは――この認識は、[『精神の現象学』での] 体系の叙述自体によって正当性を獲得しなければならないのであるが――、すべては次のことにかかっている:真なるものをたんに実体としてではなく、主体としても把握し、表現すること。」(注1)(強調は原文。以下も同様)。 ● 意味 実体というのは、生滅流転する世界において、変化することなく真実に存在するものを意味します。ヘーゲルから引用すると: 「実体とは、現存するもの(Dasein)のすべての規定や変化の内での、持続的な存在である。現存するものが持つ諸規定は、偶有的なもの(das Akzidentelle)を形成する。そして変化は、この偶有的なものに属する。」(注12) またここでの主体は、結論から言えば、自律的な運動をするものを表しています。そこで、「実体は主体である」というテーゼは、<真に存在する実体は、自立的な運動体である>ということを、意味しています。 まず実体についてですが、この実体は、意識の「知」の契機と、知の対象である「存在」の両契機を、もともと含んでいます。「知」しか認めない、いわゆる観念論者の想定する実体ではないし、また「存在」しか認めない、実在論者ないし唯物論者の対象でもありません。 このことは、上記の引用個所のすぐ後で、次のように言われています: 「同時に述べなければならないのは、実体性は、普遍的なものすなわち知自体の直接性を、自らのうちに含むばかりでなく、存在すなわち知に対する直接性をも、含むことである」。 ヘーゲルの念頭には、このような実体として、有名なスピノザの実体があります(注9)。そこで前記引用個所の直後に、話題はスピノザの実体へ唐突に移っています。もちろんスピノザの名前は出てきませんが、「神を実体として理解するということが、当時の人々を憤激させたとき」(注11)という文言で、スピノザのことだと分かります。そしてスピノザ哲学に対する当時の人々の直感的反発を、紹介するという形をとって、ヘーゲル自身の不満(すなわち、実体が主体として考えられていないことへの)が述べられます: 「3番目に、思惟 [=知] が実体の存在と合一し、直接性すなわち直観を思惟として把握したとしても、なお次のことが問題である:この知的直観が、再び惰性的な単純性に陥らないか、そして現実性を非現実的な仕方で表現しないかということである」。([ ]内は筆者の挿入。以下も同様)。 そして、この引用に続く次の段落からは、ヘーゲルの推奨する主体的・活動的実体が、主張されます: 「活動的な(lebendig)実体とは、[思惟と存在が合一しているだけではなく] さらに、真実には主体であるような存在である。あるいは同じことであるが、実体が自己措定をする運動であるかぎりで、すなわち、実体が自らの他者になるという、自己媒介をするかぎりで、真に現実的であるような存在である。」 したがって、「実体は主体である」の主体は、「自立的な運動(活動)」を意味しています。ヘーゲルの考えでは、先の引用文中にあったように、実体というだけでは知と存在をもつにせよ、この両者はまだ「直接性」にとどまっています。そこで、実体の自己措定 [=自己媒介=自己生成] の運動をまってはじめて、実体は「真なるもの」になるというわけです。主体がこうした意味であることは、この後の、「現実的なものであり、主体であるという、すなわち自己生成 [の運動] であるという絶対者の本性は・・・」(注2)などの表現も、示しています。 そしてこの自己生成の運動は、フィヒテやシェリングの場合と同じく、やがて一つの体系を形成します。「真なるものは、ただ体系として現実的であるということ、すなわち実体は、本質的には主体であるということは、次のような表象において・・・」(注3)と、記されるとおりです。 ● 評価 すると、「実体は主体である」というテーゼそのものは、フィヒテの「自我の自己措定」やシェリングの「絶対者とは、自己の外へ出て行くという、永遠の行為」(注4)という観点を、すなわちドイツ観念論の中心テーマを、ヘーゲルも継承するということを述べただけになります。(注7) フィヒテの自己措定する自我の継承であることについては(注6)、上記引用文中の「同じことであるが、実体が自己措定をする運動であるかぎりで・・・」という一文からも窺えます。 シェリングからの引用はないものの(この後、ヘーゲルとシェリングは絶交状態になります)(注5)、シェリングも同様な観点だったことは、後年からの引用ですが、次の発言が示すとおりです: 「スピノザの神は、まだまったくの実体性のうちにあり、そのことによって不動性のうちに沈んでいる。というのは、可動性(Beweglichkeit)はただ主体(Subjekt)のうちにあるからである。スピノザの実体はたんなる客体(Objekt)である。[彼の哲学においては、] 諸物は運動によって、神自身のうちなる意志によって、神から出来するのではない」。 (注10) ● さまざまな誤解 1) これまで伝統的(?)に、「実体は主体である」の主体(Subjekt)には、近代的な個人の意識のありようを意味する「主観(Subjekt)」の意味が、読み込まれてきました。(どうしてそのように読み込めるのかという説明は、ほとんどされてこなかったようですが)。 しかし、実体を近代的主観として、すなわち「主観-客観」の2項対置図式での主観として、理解するというのであれば: a) それは、フィヒテやシェリング以前への逆行を意味します。というのは、フィヒテの自我やシェリングの絶対者は、彼らの用語を使えば「主観(主体)=客観(客体)」だからです。近代的あるいはカント的観点からすれば、存在論的に対立(対向)せざるをえない「主-客」の両者ですが、それらを合一した「自我」を発想しえたところに、フィヒテ不朽の功績があります。そしてそれをいち早く、一般的な哲学的観点から明快にパラフレーズしたのは、シェリングの才能です。「ヘーゲルはこの2人の『主観=客観』を解消して、主観に一元化する観念論哲学を構想した」と解釈するのは、やはり無理だというほかはありません。 b) 実体そのものに、知(思惟、意識)がすでに含まれているのに、どうしてまたそれを主観化しなければならないのか、理解に苦しむところです。 2) 「実体は主体である」の主体 Subjekt は、同序文の後のほう(注8)で出てくる「主語(Subjekt)」の意味を込めて、解釈されることもあります。「実体を主語として把握する」というわけです。 しかし、絶対者(実体)である例えば神を、主語として立てる必要はないと、ヘーゲルは逆のことを同個所で言っているのですから、これもおかしい解釈と言えます。 3) 実体(Substanz)と主体(Subjekt)が同じ事態であることの説明として、語源的に似ていることから、説かれることがあります。どちらも語源は、「下(Sub)」をもっていることから分かるように、それぞれ「下にある」、「下に置く」から来ています。 けれども、この「序文」でヘーゲルは語源的なことには言及していませんし、彼が実体は主体であるという個所を書いていたときに、語源のことが念頭に浮かんでいたかどうかもハッキリしない以上、危い説明だという気がします。また、下にあったり置いたりすることが、ヘーゲル哲学の意想とどう関係するのか、これ説明できます? ------------------------------- (注1)G. W. F. Hegel Werke、Suhrkamp 社、第 3 巻、22-23 ページ。 ただし後では、次のような表現はあります: 「真なるものは、ただ体系としてのみ現実的であるということ、あるいは、実体は本質的に主体であるということは、以下のような表象において表現されている・・・」(同 28 ページ) (戻る) (注2) 同 24 ページ。 (戻る) (注3) 同 28 ページ。 (戻る) (注4) 『自然哲学論考』序文への付記(1803 年)。(Manfred Schröter 版シェリング著作集、第 1 巻、713 ページ) (戻る) (注5) シェリングの胸中を忖度してみれば―― かりに「すべての牛が黒い夜」などの当てつけが、自分の亜流に向けられたものと受け取るにしても、フィヒテの名を肯定的に挙げながら、彼とは対立するにいたった自分の業績に対して、言及が何もないというのは――ということでしょう。 彼にしてみれば、これはもうヘーゲルの裏切り・忘恩としか、受けとめようがなかったと思います。しかしヘーゲルにしても、決意があってのことでしょう。積もり積もった結果だったのかもしれません。(例えば、2人が協同して刊行した『哲学の批判雑誌』の第1巻第1分冊(1802年)の表紙を見てみますと、刊行者としてシェリングの名前が上に、ヘーゲルの名前は下に印刷されています。それはまだしも、前者は横幅いっぱいに大きく、後者は狭い範囲に書かれているのは、5才年長のヘーゲルとしては、あまり面白いものではなかったはずです。しかるべき事情はあるにしても、やはり配慮がほしかった、と思われます)。(戻る) (注6) ヘーゲルの「活動的な(lebendig)」という表現も、フィヒテに由来しています。フィヒテによれば: 「知識学がその思考の対象とするところのものは、死せる概念ではない。すなわち、知識学の探求に対してただ受動的であるような・・・死せる概念ではない。それは、活き活きとした活動的な もの(ein Lebendiges und Thätiges)であって、自らのうちから、また自ら自身によって、認識を生み出す。そのような対象に対して、哲学者はただ見守る(zusehen)だけなのである。」(『知識学への第2序論』1797年、I. H. フィヒテ版全集第 1 巻、454ページ) (戻る) (注7) そこで問題になるのは、上記引用文においてヘーゲルがことさら「私の認識するところでは・・・」と書いているのを、どう理解し、また評価するかということです。一応次の3つが考えられます。 1) ヘーゲルの支持者からすれば: フィヒテやシェリングの威光にたよらず、ヘーゲル自身の責任での思想選択だということを、明らかにするために、「私の認識」と書いたのである。また、先人2人と同じ自己運動でも、その原理を個別者の内在的な矛盾に見るのは、ヘーゲル独自のものである。その独自の原理によって、自ら集めた素材をもって『精神の現象学』という体系を築いており、またそれでもって自己運動を「証明」している。そこで、「私の認識」と言うのは、当然許される。 2) フィヒテ・シェリングの側からすれば: 当時のヘーゲルはシェリングの「付属物」という、自己のイメージを払拭するために、あるいは悪く言えば、無名の苦学者の功名心から、遺憾ながら先人2人への仁義を欠いてしまった。というのも、哲学においては根本的な発想(この場合、実体の自己運動)を、納得できるような形で提出することがもっとも肝腎なことであって、それをどう肉付けするかは二次的であり、まして具体的な素材で具体化するのは、枝葉末節にすぎない。 したがって、「私の認識」と書くのはひどい。 3) 最後に、あまり深い意味はないとする見方: ヘーゲルが『精神の現象学』を書いた当時は、フランス軍が攻め込んでくるなど世情は騒然としており、また彼自身経済的に問題があった。そこで焦燥のうちに書き進められており、「私も以下のように考える」とすべきところを、勢いあまって筆が走りすぎ、「私の認識」としてしまった。 あるいは、たんに文章を簡略化してしまった。 ――例えば私などでも、廣松渉氏の共同主観性を知らない、ないしは認めていない人と議論して激しているときなど、「私の考えでは、共同主観性が現存しているのですから、・・・」などと言いそうです。いちいち廣松氏の名前を挙げるのは、面倒といいますか、話の腰を折ってしまいます。 このとき横で聞いていた人がいたとしても、私が廣松氏の思想を盗作しているとは、考えないと思います。廣松氏の共同主観性は、哲学界ではよく知られているからです。その人は、私が廣松氏の観点を取っていると、考えるだけでしょう。―― ヘーゲルについても、上記と同様のことが言える。「私の認識では」と書いても、フィヒテ、シェリングの思想は当時の哲学界では有名だったのだから、誤解されるとはヘーゲルは思わなかった。 私見では、無論断言はできませんが、上記の2) が実情に近いのではないかと思います。3) で記したような理由から、盗作ということはありえませんが、功名心といいますか、ヘーゲルとしては、先人2人(とくにシェリング)に多くを負っているというより、先人たちは乗り越えられるべき前段階にすぎないと、思っていたのでしょう。 (戻る) (注8) G. W. F. Hegel Werke、Suhrkamp 社、第 3 巻、、26-27 ページ。 (戻る) (注9) ちなみにシェリングも、ヘーゲルと同じようにスピノザの実体をとらえています: 「スピノザの哲学をたんなる客観主義だと理解したことが、その哲学のうちにある真に絶対的なものの認識を、妨げたのである。スピノザは「主観性=客観性」を、絶対性の必然的な永遠の特性として、明確に認識していた」。『自然哲学論考』序文への1803年の付記 (Schröter 版 Schellings Werke、第 I 巻、721 ページ) (戻る) (注10) 『近世哲学史』(1833/34年)(SW 版、第 I 部、第10 巻、40 ページ) (戻る) (注11) ちなみに、当時の人々を憤激させた理由は、シェリングによれば: 「人々がスピノザ哲学を嫌悪したのは、神がその属性の一つにおいて、延長せる実体 [つまり物体] として、考えられているためである。」(『近世哲学史』、SW 版、第 I 部、第 10 巻、48 ページ) (戻る) (注12) ヘーゲル「1808/1809 年の講義草稿」(G. W. F. Hegel Werke、Suhrkamp 社、第 4 巻、、100 ページ) 索引へ < 実定的(既成的、措定された) positiv, 名詞:実定性(既成性) Positivität> v. 1.0. ドイツ観念論においては、positiv 関連の用語が、「積極的、実証的」以外の意味でも、様々に使われています。もとはラテン系の言葉ですので(positivus)、学術語として様になるといいますか、好まれたようです。 ● 語義 後期ラテン語 positivus は、もともと「gesetzt(置かれた、措定された)」を意味します(小学館『独和大辞典』第2版、positiv の項)。 ● 使用例: 前記の意味では、フィヒテが以下のように使っています: 「・・・思考あるいは存在における、すべての措定されたもの(措定物)」 原文: . . . alles im Denken oder Sein Gesetzte (Positive;) (注1) 若きヘーゲルは、いわゆる「初期神学論集」(というより、素朴な宗教社会学といった趣の草稿群)において、既成化・体制化したキリスト教を Positivität と特徴付けました。「措定されて、そのまま既成化したもの」、「もとのイエスの意図は忘れられて、体制化してしまったもの」との意味でしょう。 ------------------------------- (注1) 『シェリングの同一哲学の体系の著述に対して』, SW, Bd. XI, S. 374. <人格神(神の人格性 die Personalität Gottes) v. 1.1. シェリングやヘーゲルの哲学が汎神論だとして非難される場合、彼らの哲学では人格神が否定されている、という含意があります。言うまでもなくユダヤ・キリスト教の神は人格神であり、シェリングやヘーゲルがそれを否定したというのは、彼らにしてみれば無理解による言い掛かり以上の何ものでもなかったはずです。 ともあれ、当時は宗教がなお精神生活の中心あるいは最高位を占めており、ドイツ観念論関係の登場人物たちもそれぞれの流儀において、ユダヤ教ないしキリスト教信仰のうちに生きていました。人格神の否定ならびに無神論という非難が、大問題ないしは火種であったゆえんです。 そもそもの発端は、ヤコービが『スピノザ書簡』(初版 1785 年)においてスピノザの汎神論を、人格神否定の廉で批判したことです。ヤコービによれば、世界の原因、最高存在(つまり神)を人格神だと考えれば、それは「知性」「理性」「自由」「(自己)意識」「自己同一性」「生きた(lebendig)存在」「自己規定」などの特性をもつことになります。(注1) (こうした特性は、その後のフィヒテ・シェリング・ヘーゲルも彼らの自我・絶対者の特性として継承し、彼らの観点から――私見ではメタ化運動として――把握することになります)。(注5) そして、人格神の世界は、目的因の(der Endursachen)体系です。(注2) 他方、最高存在を人格神だと考えないときには、それはこれらの特性を欠いており、たんにメカニカル(力学的・機械的)な世界における「最初のバネ」[つまり、最初の力動的発端] です。(注3) そのような世界は、たんに動力因の(der bloß wirkenden Ursachen, 作用因とも)体系であり、悟性や意志もそこでは歯車装置にしか過ぎないことになります。(注4) ------------------------------- (注1) 『スピノザ書簡』、1785 年初版、76-77ページ。 (注2) 同書、、92 ページ。 (注3) 同書、、77 ページ。 (注4) 同書、、92 ページ。 (注5) ヘーゲルは、スピノザの実体には人格性(Persönlichkeit)が欠けていることを批判して、次のように述べています: 「[スピノザの] 実体は、思考そのものを含んではいるが、延長との統一性においてであって、延長から分離するものとしてではない。したがって・・・帰還する運動としてでも、自己自身から始まる運動としてでもないのである。このことによって、実体には人格性の原理が欠けており・・・」(『(大)』論理学、アカデミー版、第11巻、376ページ。ズーアカンプ版では、第6巻、195ページ) < 心理学的 physiologisch> v. 1.2. ● 語義 physio は「自然」を意味し、logisch は「学の、知識の」を意味します。 ● 意味 physiologisch という用語は、今日では「生理学的」という意味ですが、カントの時代には「心理学的」を意味したといわれます(篠田英雄訳『純粋理性批判』上、165 ページの注(一)、岩波文庫、1961年)。 例えば、『純粋理性批判』B版の 119 ページで、ロックの認識論を、カントは physiologisch(心理学的) と評しています。 ちなみに同個所は: ・講談社学術文庫版(1979年)では「心理学的」です。 ・しかし、岩波書店『カント全集 4』(2001年)と、平凡社ライブラリー版(2005年)では「生理学的」となっており、語訳だと思われます。 索引へ < 精神と理性の関係 Geist und Vernunft> v. 1.0. 両者の関係を一般的に、また簡単に言えば: 「理性は、精神の実質的な性質(die substantielle Natur, 実体的な本性)を形づくる。理性は、真理や理念という精神の本質を形成するものの、たんなる別名である」。 (『エンチクロペディー』、第 387 節の補遺*。ズーアカンプ版ヘーゲル著作集、第 10 巻、42 ページ) * 補遺(Zusatz)は、ヘーゲルの講義を学生がノートに記録したものを採録したものですので、引用には注意が必要です。 索引へ <絶対者(絶対的なもの)das Absolute> v. 1.9. ● 語義 「絶対者(das Absolute)」は、形容詞 absolut(絶対的な)を名詞化して作成された言葉で、意味は「絶対的なもの」です。この「もの」は、抽象的な意味しかもたず、「(人の)者」や「(事物の)物」ではありません。しかし、おそらく最初の邦訳のおり、「絶対的なもの」と訳したのでは冗長になるのをきらって、漢文脈の「(~するところの)者」を用いて「絶対者」にしたと思われます。 形容詞 absolut の語源は、ラテン語の形容詞 absolutus(完全な、絶対的な、無条件の)で、この語は動詞 absolvere(解放する、完成する)から派生しています。ab は「から」を、solvere は「ゆるめる、自由にする」を意味します。しかしここまでたどると、etymology(語源学)は philosophy(哲学)ならずの感を深くします。(以上は、『改訂版 羅和辞典』研究社と、Concise Oxford Dictionary(裏技ですね)によります) ● 通常の説明 平凡社の『哲学辞典(初版)』では「絶対者」の項目で、語源的に「独立性と完全性という2つの意味」があることを指摘し、「絶対者」の特徴として次のことを挙げています: ・他者から独立に、それ自身において存立する。 ・他者からの制約 [制限] を受けない。 ・それ自身において充足した完全なものである。 ・神学的・宗教的には、神とよばれる。 これ以外に、ふつう言われる特長としては: ・真に存在する唯一のものであって、他のものはそれによって現存を与えられる。 ・実質的に、また論理的にも、最初のものであり、かつ最上位のものである。 ・自己同一的な全体(性)である。 こうした意味で、絶対者は絶対的・無制約的・無条件的だとされ、哲学的探求の最重要課題だとのニュアンスをもちます。 ● 哲学史的に見れば 上記の絶対者の諸特徴は、まずはスピノザの「実体」の特徴でした。1785年におきた汎神論論争(スピノザ論争)によって、スピノザはもはや「死んだ犬」ではなく、彼の哲学はドイツの先進的インテリ層で流行になっていました。それを受けて、「スピノザ主義者になった」(1795年2月4日付ヘーゲル宛手紙)シェリングが、 (1) スピノザの「実体」の発想を継承しつつ、 (2) それを、フィヒテの「自我の自己措定のダイナミックス(私たちのいうメタ化運動)で活性化し、 (3) さらに、フィヒテ以来の超越論的観念論に、自らの自然哲学をも加えた広大な哲学空間を臨んで打ち出したたのが、 ドイツ観念論における「絶対者」だと思います。 つまり私見では、シェリングが「絶対者」の提唱者で、フィヒテが同調します(注2)。シェリングの「自然哲学」は拒否したフィヒテが、なぜ「絶対者」を承認したかといえば、彼の初期知識学(1798-1799 の無神論論争まで)には、自ら認めるように、神的な領域は対象外でした。そこでこの領域を知識学に加えたときに、従来の「自我」が絶対者へと昇格し、「自己措定」は「外化」へと改名したのでしょう(なにか出世魚のようですが)。 また、ヘーゲルもシェリングの「絶対者を取り入れて(注6)、彼流に発展させます。 ● ドイツ観念論における絶対者 ドイツ観念論に特有な意味での「絶対者」は、「まだ定在(現存)はしていないが、しかし自らに定在を与える(自己措定する)働きをもつところの主体」を、意味しています(注4)。 定在していないというのは、現実態としては存在していない、私たちの経験においては直接現れていない、ということです。そして、定在を与えられたもの(措定されたもの)は、もとの定在していない絶対者の一部でしかありません。このように書くと、理解しがたく思われる読者もいるかもしれませんが、同じような存在性質をもつものとしては、例えば言語におけるパロールとラングの関係があります。(「8つの疑問・1. ドイツ観念論とは?」の「(1) 基本的な発想」を参照ください)。 ただ、「定在をえたものは、絶対者の一部である」と述べましたが、この一部もやはり絶対者自体が措定されたものですから、その措定された次元での無限者・全体でもあります(注5)。 ● 理解のために とはいえ、絶対者という言葉を読んだとき、まず何をイメージすればいいのか、絶対者のどの側面を考えればいいのか、という問題があります。それはむろん文脈によるのですが、とりたてて手がかりがないないときは、「端的に自己同一なもの」とまずは理解しておくのもいいでしょう。シェリングによりますと: 「絶対者は・・・必然的に純粋な同一性であって、絶対性以外のものではない。そして絶対性は、自らによって自らにのみ等しい。ところで絶対性の観念(Idee, 理念).は、つぎのことを伴っている: この純粋で、主観性や客観性からは独立している同一性は、それ自身質料であって形相でもあり、主観であって客観でもある; このことは・・・この同一性が質料と形相の、そしてまた主観と客観の、一方あるいは他方において存するときにも、そうなのである。こうしたことは、ただ絶対者のみが、絶対的に観念的なもの(das absolut Ideale)(注3)であり、またその逆でもある、ということから帰結している」(注1)(少し前では、「絶対的に観念的なものは、絶対的に実在的なものと同じである」と、言われています)。 ------------------------------- (注1) 『自然哲学論考』の「序文」への「追記」(1803年), Schellings Werke, Münchner Jubiläumsdruck, Erster Hauptband, S. 712. (注2) フィヒテが「絶対者」を使用しだしたのは何時からなのか、浅学のため不明ですが、 (1) 1800年の草稿『シェリングの超越論的観念論を読みながらの感想』(SW, Bd. XI, S. 368)には、次の一節があります: 「これ [シェリングの「自然」] に対して、知性(Intelligenz)は自ら自身を、自ら自身によって把握し、止める力である・・・自らのうちへと絶対的に帰還するものであり、自己であって・・・最初のもの、絶対者である」。 (2) 1801年10月15日付のシェリング宛の手紙には: 「『絶対者』(これについては、そしてこれの規定については、私 [フィヒテ] は貴方にまったく同意します。また、絶対者の観念(Anschauung)も、私はだいぶ以前から(seit langem)もっています)・・・」(Fichtes und Schellings philosophischer Briefwechsel, 1856, S. 108f. 『フィヒテ-シェリング往復書簡』、座小田/後藤訳、法政大学出版局では169ページ.) (注3) ここでの Ideale は、廣松渉氏の「イデアール=イル・レアール」の議論に通じます。結果的に氏の議論は、シェリングの発想をなぞった、あるいは基礎 付けたものであることがしばしばです。 (注4) フィヒテによれば: 「[外化(Äußerung)ということを離れての] 絶対者それ自体は、存在するものではないし、また知でもなく・・・それはまさに――絶対者なのであり、それ以上は言わずもがなというものです [jedes zweite Wort ist vom Übel. この表現は、was darüber ist vom übel.(それ以上言うことは、悪からくるのである。マタイ伝5の37)を踏まえたものと見えます]。(Fichtes und Schellings philosophischer Briefwechsel, 1856, S. 124. 『フィヒテ-シェリング往復書簡』、座小田/後藤訳、法政大学出版局では184ページ) (注5) この論理は、もともとスピノザが唱えたもので、ヤコービ『スピノザ書簡』(初版1785年)中のスピノザの思想をまとめた箇所の XLIV に、出てきます。 索引へ (注6) ヘーゲルの『フィヒテとシェリングの哲学体系の相違』(1801年)には、「絶対者」の用語が登場しています。(ズーアカンプ版ヘーゲル著作集、第2巻、10 ページ等。なお、この著作集の別巻 Register の Absolutes の項目では、第2巻 11 ページから採録されていますが、前記のように 10 ページの 5 行目にすでに登場しています)。 <即自 an sich; 対自(向自)für sich; 即かつ対自(向自)an und für sich> v. 1.3. ● 通常の意味 (1) これら3つの用語はいずれも、「それ自体として」「本来」「もともと」という意味を持ちます(注1)。つまり或るものを、周囲のものや関連から切り離して、それだけを対象としていることを、表すようです。 (2) für sich は、前記の「それだけを対象とする」という意味が強まった場合には、「隔離・個立を表」し(注6)、「それだけで」という意味になります。 ● 語義 sich は、「自身」「自体」を意味する3人称の代名詞(単数・複数とも)です。そこで、熟語の中では「自」の文字が当てられることが多いです。 an sich の an は、「事物の内容・関係」を表す前置詞で、in bezug auf(~について)の意味です(注2)。つまり、an sich は「自らについて(自らの内容では、自らへの関係では)」という意味です。 für sich の für は、「関係する範囲」を表す前置詞で、前記 an 同様、in bezug auf(~について)の意味です(注3)。 an und für sich は、an も für も「~について(in bezug auf ~)」の意味なので、その意味を強めるために、あるいは語調をよくするために使用されていると思われます(いわゆる二語一想)。 ● ヘーゲルの用法 (1) ヘーゲルも、前記「通常の意味 (1), (2)」において an sich および für sich を用いています。 (2) しかし、ヘーゲル哲学固有の用法のときには、an sich を「即自(的)」、für sich を「対自(向自)(的)」、an und für sich を「即かつ対自(向自)(的)」と、伝統的に訳されています。 ヘーゲル哲学においては、客観的事物であれ、主観的思想であれ、主観・客観一体のものであれ、そうした考察の対象を発展段階ごとに区切って扱います。そこで、なにか或るものが最初に登場したときを考えますと、それは(あるいは、それが持つ規定性は)まだ他のものとは関係をむすんではいません。またそれ自身が内包する矛盾も、展開してはいません。この或るものは、それ自体として、それそのものとして、つまり自らに即して存在しているといえます。そこでこの an sich な段階は、「即自的」と訳されます。 なお最近の訳では、文脈にそって「そのもの」「それ自体」「本来は」など、より口語的な訳が好まれるようです。 次の段階では、他のものとの関係(=内在する矛盾の展開)によって、結局前記の或るものは、自らにとって他のものになります。つまり、鏡に映った自らの姿をながめるようなもので、最初にイメージしていた自分とは異なってしまうことになるのです。この他のものが(そしてこれの持つ規定性が)、この第二段階での新たな対象となるのですが、この段階を「対自的(für sich)」といいます。 これは通常の für sich の用法とは異なりますが、für という前置詞は「~にとって」(注4)、「<対象・対応> ~に対して」(注5)という意味も持ちます。ヘーゲルがこの意味において für sich「自らに対して(とって)」を使っているので、訳語が「対自(向自)」となっています。 が、これも最近は、「自らにとって」とか、或るものが意識である場合には「自覚的に」とか、文脈を勘案しながら訳される場合が多くなっています。 第3段階では、最初の an sich な段階と次の für sich な段階との総合がなされます。そこでこの段階を an und für sich「即かつ対自(向自)」といいます。 これが新しい考察対象となります。この対象は、まず「即自」という形式で登場しますが、やがてまた「対自」、「即かつ対自」の進行過程をたどることになります。 ------------------------------------------ (注1) 例えば『相良守峯『大独和辞典』では: an sich, それ自体(身)他物と関係なく, . . . das ist an sich wahr, それは本来真実だ; . . . an sich des Geldes, 貨幣自体(an の項目の⑨) an sich, für sich, an und für sich, それ自体, 元来(sich の項目の⑤の(a)) an und für sich, それ自体として, 本来(an の項目の⑨) die Sache ist an und für sich gut, その事はそれ自体としてはよい;(für の項目の⑤の(b)) また、小学館『独和大辞典』では: an und für sich (他との関連を除外して)それ自体<自身>[としては] (für の項目 I の 11) (注2)相良守峯『大独和辞典』の an の項目の⑨。 また同辞典には、an の「付随・携帯」という他の意味での an sich の用法として、以下の文例が記載されています: er hat die Gewohnheit an sich . . . , 彼には・・・という習慣がある(an の項目の②) (注3)相良守峯『大独和辞典』の für の項目の⑤。 同辞典には、für の「目的・用途・適合」という他の意味での für sich の用法としては、以下の文例が記載されています: etwas für sich behalten, a) 或るものを自分の用に取っておく, b) 或る事を秘しておく:(für の項目の③) また、「利益・賛成」の意味では: das Argument hat viel für sich, その論証は大いに説得力がある;(für の項目の⑦) (注4)相良守峯『大独和辞典』の für の項目の⑤の(a)。 (注5)小学館『独和大辞典』の für の項目の I の 2。 (注6)小学館『独和大辞典』の für の項目の I の 11。例文として、以下のものが記載されています: für sich 一人で、他から離れて、独自に für sich sprechen i) ひとりごとを言う また、相良守峯『大独和辞典』では用例として: für sich sein, 一人でいる;・・・das ist eine Sache für sich, それは全く別個の事だ;(für の項目の⑤の(b)) (初出:2011.10.26) 索引へ <措定(=定立) setzen> v. 1.2. ● 語義 「措定」(定立とも訳されます)の辞書的な意味は、「ある事物を、存在する対象とし立てること」です。そしてフィヒテからヘーゲルまでのドイツ観念論者が、「措定」という言葉を使用する際にも、こうした意味が元になっています。 この語は、マイモンの『超越論的哲学についての試論』(1790年)で多用せられており、フィヒテはそこから影響を受けたのではないかと、思われます。 ● ドイツ観念論での使われ方 1) しかし、フィヒテが『全知識学の基礎』(1794年)で「措定」を使いだしたときには、この言葉に独自の哲学的意味を持たせています。そしてこの哲学的意味が、その後のドイツ観念論において継承されていきました。 2) とはいえ、ドイツ観念論の著作中での「措定」を、軽い意味で受けとっていい場合も多いようです。例えば、「措定された A は・・・」という文であれば、たんに「登場してきた A は・・・」とか、「私たちが対象としている A は・・・」などと理解した方が、文章が読みやすくなる場合です。 ● ドイツ観念論での本義 そこで問題となるのは、上記の 1 の場合です。つまり、「措定」のドイツ観念論の本義における意味です。 a) ドイツ観念論では「措定」とは、精確にいえば「自己措定(sich setzen, 自ら自身の措定)」に他なりません。つまり精神的なものであれ物質的なものであれ、ある何かが、それ自身を現存する対象とすることです。結局、ある何かは現存するようになります。 このことを伝統的な用語を使って表現すれば、「ある対象が、自ら可能態(可能的な存在者)から現実態(現実に存在するもの・現存・実存)に転化すること」です。 そのような例として、日本語を取りあげてみましょう。日本語は英語や中国語などと共に、確かに存在しています。しかしその存在は、例えば掲示板に書き込みがないときには、掲示板においては可能態に止まっています。誰かが書き込むことによって、日本語は自己措定して、現実態へともたらされるわけです。 (なるほどこの場合、書き込んで現実態にもたらすのは、日本語とは別の「誰か」ですから、常識的には(つまり言語そのものを、実体=主体化しなければ)、この例は自己措定の例として、不都合な面がありますが)。 b) ドイツ観念論においては、自己措定する本体は自我や絶対者です。そして、「自我が自己自身を措定することと、自我が存在することはまったく同じ」だとされます(『全知識学の基礎』, SW, Bd. I, S. 98)。 自我や絶対者は簡単にいえば、可能態としての世界全体です。したがって「自己措定」は、いわば「世界が不断に自己実現する」ような事態を指すものです。 c) ではなぜ、世界(自我や絶対者)は「自己措定」などというものをするのか、ということについては、「自我(フィヒテ的意味での)」の項目を、ご覧いただければと思います。 (初出:2008.4.2) 索引へ |
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